当サイトの各ブログ記事にはプロモーションが含まれています

【言霊】言葉の力は偉大。意志の力も偉大。言った言葉に力が宿る?嫌な事は絶対言わないようにしようと思った話

3 min 47 views
言霊と意識の力

「嘘ついたら現実になってしまった」、痛い記憶

「体調が悪いから休むわ」とか、嫌な集まりに行きたくないから嘘をついて断ったことは誰でも一家はあるんじゃないかな?
正直に行きたくないから行かないとは言えない、付き合いもあるし、社会生活を営む上では多少の嘘は必要かもしれない。
でも、嘘は出来れば付きたくないものだ。なぜなら言った後の罪悪感や気分の重さが半端ない。
やっぱり正直に生きたいものだ。出来るなら。

それに、どうもこの言葉というものは、人に拠っては「ついた嘘が本当になる」事があるらしい。
例えば私の体験ではこんなことがあった。
会いたくない人がいる親戚の集まりにどうしても行かなければならなくて、体調が悪いからと行かなかったらその日本当に体調が悪くなって寝込んでしまったとか。
実際経済的に余裕が無かったのは事実でも、好きな人とだったら何とかして行ける飲み会に、メンバが合わない人たちだったから「お金が無いので」と断っていたら本当に金欠になったとか。
その他にも、「あんなこと言ったがために現実になってしまった。。。」と後から後悔したことがけっこうある。
それは偶然かもしれないし、自分の中の罪悪感がもたらしたものかもしれないし、本当はどうなのかわからない。

こんなこともあった。
昔働いていた職場では、部署替えして上司が変わったら最悪と言っていたら
本当に上司が変わって最悪になって、パワハラにあって辞める事になったり。

自分が悪い方向になることを言ってしまったことで、その現実を引き寄せてしまったのか、
本当に偶然そうなったのか、それはわからないけど
多分、悪い結果になったことだけが記憶に残っているだけで、
実際は良い事もあったんだと思う。
でも、より強く記憶に残っているのは事実で、心も強くそれに反応しているんだろう。

つい最近も、私が何気なく言ってしまった一言の通りになっている現実に気づいて
「あんなことは言わなければよかったな」とつくづく実感し、今この記事を書いている。

気になるならもう現実化したくない事は言わない事

そう、とても気になってしまった。
悪い事を言ったらそれが本当になりそうで嫌だ、という気持ち。
純粋に心がキレイな人ではないので、なんか交換条件みたいでいやだけど
実際嫌なものは嫌なので、その気持ちがある限り言うのは止めようと思っている。

例えば嫌いな人の悪口だってそうだ。いくら大嫌いな人でも、悪口は聞いてる方はいい気はしない。
言った後も後味が悪い。いや~な気分は残るものだ。
それに、実はあの人の事が嫌いなんだ、と言ってしまうと、なんだかそのあと本人から嫌われる度が強くなってきた気がする。言ってしまった罪悪感がもたらすものかもしれないが、

言霊と意識(意思)の関係。思い込みの力も時には必要という話。

日本には、「言霊(ことだま)」という言葉がある。
私は昔からこの言葉が大好きだ。
言葉にも、魂がある。
発した言葉には、力が籠る。
というイメージを持っていた。
元々日本という国は、八百万(やおよろず)の神、という捉え方がある(宗教観、、、都も違うような気がするのでここは捉え方、と言います)。
私はその考え方も昔から好きだった。
トイレの神様もいれば、火の神水の神から砂粒ひとつ、空気にも、きっとなんにでも神が宿る。
要するに命あるものは大切にしよう、ではないが、大切にしよう、無駄なものはない、
そんな感じがする。

そして、思考にも、言葉にも、文字にも、魂が宿る。ので、言葉に宿った力を言霊という。
だから、口をきくのにも気をつけろ、ということなんだろう。

そうでなくても、普通に考えても言葉というものは危険だと思う。
威力もすごい。
武器にもなれば、癒しにも使える。
誰かの一言に傷つき、一生癒えない深手を負う事もあれば
その一言で地獄から救われたりもする。
心のこもった言葉と、上っ面の言葉では、別に霊感とかなくてもなんとなくわかるものだ。

そして、誰かに言う言葉だけじゃなくて、自分に言う言葉にも力があると思う。
自分を励ます言葉と、貶す言葉。
毎日毎日言い続けていると、本当にそうなってくる。
例えば私は、大嫌いな人に毎日挨拶は欠かさなかった。
何かにつけて、大げさに喜んでみた。ありがとうとお礼を言ってみた。
心を込めて言えるように、工夫して言い続けた。
その人は私に嫌がらせを良くしてきた人だったから、最初はこっちも悪口を言いまくってすっきりしていたが
ある時、言えば言うほど嫌な気持ちになるので(後ろめたいのかも)止めた。
逆に、ささいなことでもきちんと御礼をいい、「嫌いだ」という気持ちを持たないようにした。
自分から「あいつ嫌い」という気持ちを消した。
そうしたら、気が付いたら相手の態度が柔らかくなっていた。
なんてことがあった。

私の友人の実体験で、全く普通の彼女は昔、理想の彼に出会ってどうしても付き合いたいと思い
夢に見るほど付き合ってる様をありありとイメージ化してたらしい。
「妄想じゃ~ん」とからかいたいところだが、なんといつの間にか付き合っていたというおまけつき。
その後その彼とは別れたものの、数年後出会った人に一目惚れして、その後結婚して幸せに暮らしている。今でも旦那の事が大好きで、理想の人と言っているくらいだ。
こいつスゴイ。まあもちろん行動もしてるから結果出たんだろうけど。
でも、こういう行動に移せるのも意思の力、言葉の力、自分への言い聞かせやある種の思い込みの力も必要なんじゃないかと思う。

私は歴史が好きで特に女帝や女性の歴史に興味があるのだが、ロシアの女帝エカテリーナ2世は小さい頃ぶさいくだったけど、意思の力で美しくなった、と自分で書き残している。
具体的に何をどうしたか不明だけど、これもある意味言い聞かせの力なのかもしれない。

他にも、自分に起きた嫌な出来事を、部外者に話す時。
「こんな最悪な状態になってる」「このままいったら身の破滅」という状況を説明したくなかった。
なぜなら、あえて説明するときにその状態を口にすることで、あるいは文字にすることで
それが現実になりそうな気がしたから。
言葉に力を持たせてしまう気がしたから?うーん、難しい。

すっかり忘れていたが、実は私は小さい頃からこういう傾向があった。
嫌な事が起きたり、嫌な事をされたり、嫌いな人が居ても
それを他人に言うことは嫌だった。
それを私の口から言うことでそれを認め、そのことが本当になりそう(現実に起きているとしても)
だったからだ。
だから、小さい頃の私は、周りからは悩み事があっても相談しない子、我慢強い子、泣き言を言わない子、不満を言わない子、、、そんな風に言われていた。
実際は、言いたくないだけだったんだけど。

今から考えると、それは成功だったと思う、正しかったと思う。
いつの間にか、不平不満を口に出し、嫌いな人の悪口も言い、愚痴を書いたり言ったりするようになってしまった。
そうなってみてどうだったかというと、結局周りを不快にさせ、自分も落ち込むし良い事はない。
ということに気づいた今日この頃。

gotoku

gotoku

「夜明けのブログ」管理者のgotokuです。
このブログは、私が実際に経験した事や思い出などの
記憶を記録として残しておきたいと思って始めました。

まあ、本当にいろんな事があって、真っ暗闇な一寸先は闇な日々でした( ;∀;)が、ようやく少しずつ暗闇から陽が差してきたかも?!な状態になってきて、、、そんな意味もあってブログタイトルにしました。

「明けない夜はない」これは本当にきっとそうなんだ、と思ってます!

実際にいろんなことが起きて、その時必死で調べたりしたことも今では良い思い出です(笑)
でも当時は大変でした。もし同じように困ってる人が居たら、ちょっとでも参考になればいいなと思います。
(意外と調べても出てこない事って多いんですよね・・・)

FOLLOW

関連記事